続続・派遣の実態~トラブル対処の場合?~

『ちょっと、こんなのって有り得ないでしょ』
つくしは高居の顔を覗き込み、指示を受けようとするのだが。
そもそも派遣先は、四季報にやっと掲載されたばかりの優良株とは言え未だ発展途上段階の企業である。


高居はつくしに指示を出したいのだが、真後ろで仁王様や阿修羅像よりも怖い?人物に睨まれているのだ。
『神様・菩薩様。僕が一体何をしたと。先日庶務課のミヨちゃんに告白しただけなのに・・・・。こんなんならマフィアかヤクザ、鬼・・どうせなら閻魔様に睨まれる方が未だマシだあ。』とは高居の心中である。
高居はつくしとは、それほど年は変わらない。
正社員として至極真面目に勤務に励み、背格好は普通だが誰からも好かれている絵に描いた好青年なのだが。
相手は経済誌・女性誌に、業界紙迄賑わす此方男だ。
海外製と思われる高級スーツをサラリと着こなし、高居をも見下ろす格好の。
『道明寺財閥』の御曹司、『道明寺司』その人。
芸能人やスーパーモデルどころか、この世の人とは思えぬ眉目秀麗なるある意味何とかのシンボルとでも申すか。
女性従業員は、目をハートマークに出入口を占拠したまま動こうとしない。
会社の社長や重役連中も、未来ある好青年を救いたいのは山々なのだが。
高居は死刑宣告を受けた囚人のようである。
「高居さあん、此方作業・・・」
つくしは尚も言い掛けつつ、エプロンの紐を結び直す。
白い三角巾の結び目からは、項も垣間見える。
「テメーは、此処で何してると聞いてやがんだ」
「御覧の通り、仕事をしています」
「それの何処が仕事だ。男と喋る事が仕事か」
つくしは動じず、会釈をして仕事を続けようとする。
「杉田じゃねーよつくし。その敬語も止めろ」
「仕事中につき失礼いたします」
「杉田さん、副社長と何か?」
リアンの上役らしき、人物がヒヤヒヤながら聞いて来る。
「此方は副社長さんなんですか?」
つくしは、至って冷静を装おう。
『こう言う時に、何で西田さんが居ないのよ』
と、キョロキョロするつくしである。


スーパーエキスパートの秘書、西田は無表情を装おってはいるが実は動揺している。
「仕事なら幾らでもあんだろ」
「は?」
「オレ様の秘書、何なら此れから区役所に行くか?」
(既に会話で成り立ってない)
『何言っちゃってくれんのよ、このバカ男は』
毎度の不毛な会話に内心ウンザリなつくしである。
「聞いてます?仕事中ですから」
つくしはチラシの束を持ち、立ち去ろうとする。
「オメーは、男にキョトキョトしながら仕事すんのか」
「杉田さん、どうかしたんですか?」
派遣のリーダー割田も勇気を振り絞って、つくしの近くに向かうが。
「いや、あの」
つくしはどうにか取り繕うとする。
「誰だテメーは」
「す、杉田さんが何したか知りませんが。私か事務所を通して下さ」
「コイツは何だ?ああ」
更に司の凄味と、怒りならぬ嫉妬は上昇の一途であった。
「高居さん、大丈夫ですか?」
高居の命は風前の灯である。
「コイツはお前の浮気相手か?」
つくしは少し離れた場所で見守る、秘書の西田を尊敬の目で見る。
司はそれすら見逃さず、西田を睨みつける。
西田はとばっちりを喰らい、この時ばかりは道明寺家の運命に危機を感じた・・・ようである。
何も分からない割田は、リーダーとしての役目を果たそうと奮起するが。
「私は同じ事務所の」
「るせー、オレはコイツと話をしてんだ」



その隙間に西田やSPが、死に掛けている高居を救い出し。
彼は担架に乗せられて、事務所へ搬送されていった。
「私は仕事をしたいんですが」
「オレ様の秘書って仕事があんだろ」
『司の秘書だけは絶対ゴメンだわ。私は桐壺更衣*にはなりたくない』
つくしはチラシの束を持って移動しようとするが、その前で仁王立ちの司と睨み合いになっている。
周りの観衆は、一斉に此の場の成り行きを見守っている。
恐る恐る割田が話し掛ける。
「杉田さん、此れは・・・」
「あ?オレの女に馴れ馴れしく声掛けんじゃねえ。なんなら、コイツの会社ごとぶっつぶしてやってもいいけどな」
そもそも、つくしは派遣の仕事に来てるだけである。
派遣先から仕事の指示を受けてその仕事をこなす事で、報酬を得る事が形態である。
間違っても、派遣先でトラブルは起こしてはならないのは大前提だ。
しかし、此のトラブルだけはどうにもならない事であった。
偽名の意味が呈をなしてないとは、此の事以外ない。


*桐壺更衣・・・源氏物語に出て来る、光源氏の生母。帝の寵愛を独占するが、それが命を落とす結果となった。




あーあ、次は夫婦漫才かしらw。
BGMはユニコーンの『大迷惑』が、流れてる。

続・派遣の実態

翌日つくしは初仕事に向かうべく、早目にマンションを出た。
「くれぐれも、電話は出ないでね」
「留守電にしとけだろ、分かったから」
進には固く口止めを頼んだつくしである。
情にほだざれて、うっかり喋りかねない部分もあるのだ。
つくしは愛用のママチャリで、通い慣れた『英徳学園前』に到着した。
「5分前に到着したから大丈夫かな」
集合場所には、沢山の人で溢れている。
「クリエイトの方ですか?」
それらしき、ジーンズ姿の女性に声を掛けてみた。
「そうですよ、割田さんはあの人」
と、彼女が指差した人間に近付く。
「割田さんですか?」
「そう、クリエイト?」
「はい、杉田つくしです。宜しくお願いいたします」
「はい、揃ったから移動するので付いてきて」
割田と呼ばれた男性は、手慣れた感じで返した。
頭数で揃ったらしく、割田を先頭にゾロゾロと移動を開始した。




つくしは不安そうに眺めていたが、先程声を掛けた女性と言葉を交わすうちに緊張はほぐれていくのであった。
「派遣の仕事初めて?」
「はい、緊張してます」
「仕事は黙々とやれば、当たり障りの無い現場だから」
話に依ると、現場の中には『派遣社員苛め』なる場所もあるようだ。
新人で仕事が不得手の人を槍玉に上げ、そのイビりに参加しなければ自分達が槍玉に上がるのである。


正社員でも下っぱでも、変わらないのが此方手の話である。


現場に到着すると、館内で挨拶をした。
割田から再度、注意点を説明される。
「挨拶は当然だけど、作業で分からない事は社員さんかパートさんに聞く事。それ以外は、自分に聞くように」
5分前になり、朝礼があるとの事だった。
つくしは作業に必要な道具を持参して、派遣の列に並んだ。
『おはようございます、今日の作業は・・・・』
と、本日の作業内容の説明を受ける。
『後、連絡事項ですが。今日は取引先のお客様がお見えになります。皆さん挨拶を、お願いします』
挨拶するとは言っても、会釈する事である。
つくしは朝礼が終わると、派遣で集まり指示を受ける事になった。
「杉田さんは、此方チラシをセットして封筒に入れてください」
つくしは社員らしき男性から、指示を受けた。
「此方遣り方ですか?」
「はい、それで此方に置いて最後に封をしてください」
「チラシは、枚数と順番を間違えないでね」
つくしは頷くと、作業準備に掛かるのだった。
始業のチャイムが鳴り響き、つくし初の仕事が初まった。
最初は戸惑いながらの、隣人に聞いたりとやりながらで。
が、慣れて来れば雑草のつくしである。
学生時代は、内職も経験していた。
普通に数をこなして、そのうち乱丁や破れたチラシを別にしたりと自分のペースである。
「上手いね」
「手慣れてるね」
パートや社員に誉められて、黙々と仕事するうちに午前の作業は終了した。
「休憩で~す。午後の開始は・・・・」
つくしは手を止めて、食堂に移動した。


休憩時間はお昼を取ると、パートや社員らともお喋りに花が咲いた。
「午後に来るお客様って、どこの方ですか?」
「さあ、松坂商会のお取引先様みたいだけど」
松坂商会は、メディカル関係で急成長の会社だ。
チラシの内容とは、関係ないのであるが。
「派遣さんは関係ないから、会釈だけしてね」
モデルのように、美しい事務員が言う。
つくしは仕事に戻る為に、休憩室から移動しようとした矢先である。
「えー、ウッそ~」
「わが社にも遂に」


休憩室から作業場所に移動する時に、女子社員やパート達の黄色い声で話すのが聞こえて来た。
「あー、化粧直そう」
つくしは淡々と仕事場に向かうだけであった。
「化粧直そうって、芸能人が来る訳?」
(見た目ならモデルだろう)
午後の昼例では、ペースが早く進んでるのかお誉めの言葉も頂いたつくし達である。


「杉田さん、悪いんだけど。此方で僕の仕事手伝ってよ」
と、言って来たのは若くて爽やかな高居と言う社員だった。
「慣れてないので、教えて下さいね」
「分かりました、このチラシを・・・」
コツを覚えたつくしは、マイペースでやり出した。
「のみ込み早いから助かる」
「有難うございます」


その後ろでは、大名行列とおぼしき御一行が作業場所や工程を見学していた。
「杉田さんだったかな?今度は此方のなんだけど」
「はい」


つくしの肩をポンポンと叩く人がいる。
「説明受けてから」
再度叩く、それも幾分か強めで。
「ちょっと待って下さいね」
高居の説明を聞こうと、じっと見るが。
肝心の高居は、固まったまま動かない。
それも蒼白である。
つくしは、首を傾げながら振り向いた。
「テメーは、此方で何してやがんだ」



取引先の知り合いが、よもやとはつくしは頭が痛くなるばかりであった。




な、訳で明日は誘導尋問して貰いましょかね
w。

派遣の実態

悠香の実体験を若干一部使用しています。

尚、話は全くフィクションです。

因みにシリアスでもありません。



とある都心の雑居ビルの一室で。

牧野つくしは、面接を受けていた。

ブラウス姿にカーディガンで、ガウチョパンツと本当によくある服装で。

履歴書不要の項目に釣られて、前日に面接のアポを取って。

どんな事務所と尋ねれば、雑居ビルの一角と聞いて首を傾げたつくしである。


事務所はつくしの他には、若い制服姿の女子学生やアキバ系っぽい眼鏡でボサボサ髪の男から、白髪交じりの中年と幅広い。

『此処ってどんな仕事するんだろう』

時間になったのか、若いジャージ姿の青年がつくし達が座る席の前で話始めた。


『この度は、スタッフクリエイトの登録会に参加頂きまして、有難う御座います。弊社は登録型の派遣会社になりまして、予約頂きましてからお仕事を紹介する形になってます。必ずしも、ご希望にあったお仕事を紹介出来るとは限りません。その辺は、ご了承下さい。予約したその日にお仕事も紹介できない事もあります』

一概に説明をして、映像による仕事の内容や派遣先でのマナー等の説明を受けると。

書類に必要事項を記載して、個人面談となる。

最後に顔写真を取って終了であるが。

『写真は登録書類用以外には、使用しませんので安心して下さいね』

(そんな事するの誰が・・・・居るんだよな)

個人面談は、つくしの出番である。

「杉田つくしさん・・・で宜しいのですか?」

「はい、牧野は旧姓でして。杉田で登録をお願いします」

何処から漏洩するかというケースは、過去の出来事で懲りたつくしである。

只でさえ此の苗字は、厄を呼び込みそうだと溜息のつくしだ。

「メープル・メンテナンスの契約社員ですか?」

室内は一斉にどよめいている。

「あのう、守秘義務はお願いします」

「いや、一流企業にお勤めみたいですから。派遣の仕事ってのが・・・・」

その通りである。

つくしは一人暮らしなら、バイトしなくも・・・である。

去年郊外にマンションを購入してからは、弟の進と暮らしている。

進は公務員でバイトが出来ないので、つくしがバイトがてら小遣い稼ぎをしている。

親への仕送りや、マンションのローン等を含めると足りないのが現状である。

進は公務員になりたてで、未だ給料も薄給なのである。

「姉ちゃん、何かオレ申し訳ないよ」

「アタシがバイトの時は、弁当無いけどゴメンね」


何だかんだで、5年目の契約社員。

メープルの名前でも、関連会社ではない。

メンテナンス関係の会社で、『ホテル・メープル』とは稀に取引があるのみだ。

昔はバリバリの企業で働いていたが、今は静に暮らしている。

父は実家の仙台に戻り、静かに家庭菜園で暮らしている。

母は合いも変わらずパート生活をしながらだ。

「では、明日に予約で構わないでしょうか?」

「はい、お願いします」

「明日の夕方に確認のお電話をお願いしますね」

「はい、分かりました」


登録会は終了し、つくしは帰路に着いた。

その帰り道である。

つくしはスクバのカフェで、あきらと再会を果たした。

「お、牧野。綺麗になってたから、分からんかった」

「相変わらずお上手。マダムと・・・」

「まあな、これから」

「そうなんだ、じゃあね」

つくしは、直ぐに走って駅の方向に向かった。

「牧野、変な奴だな」

あきらは、訝しがりながらもそのまま後にした。


つくしが確認の電話を掛けると、無事に仕事の予約が取れていた。

『明日のお仕事は、リアン・プリンティングさんで軽作業のお仕事です。つくしさん含めて15人の現場になります。

リーダーは割田さんていう50代の男性。英徳学園前駅で7時40分集合になります。昼食は持参するか、近くのコンビニでも任せます

軍手・カッター・ボールペン・をお願いします』

「はい、分かりました」

「出発コールは何時に?」

「7時でお願いします」

「では宜しくお願いいたします」